お知らせ

NEWS

5「血栓塞栓症」

獣医ER物語 2020.01.15

カルテナンバー5:「血栓塞栓症」

 

今回の物語は、初冬に入り布団の中が恋しい季節に起こった。まだ、東の空が薄らと明るくなり1日の始まりを告げる前に携帯のベルが鳴った。普段は寒くて、すぐに布団から出られないが今は別だった。すぐに布団から出て携帯の電話を取った。

 

それはチャールズさんからだった。16歳の日本ネコで名前は、たまちゃんだ。チャールズさんは70歳後半でお子さんたちは都会に越され、今はご夫婦とたまちゃんの3人暮らしだった。

「明け方突然、たまちゃんがギャーと悲鳴を上げた声が聞こえたので、見に行ったら後ろ足が利かなくなっていました。」という電話内容だった。「それは大変ですね、すぐ来院ください。」私は、髭も剃る間もなく診療所に向かった。
それから、10分ぐらいしてチャールズさん夫妻はやってきた。奥さんは、「たまが外へ出ているので事故にでもあったんじゃないかしら」と不安げな様子でたまちゃん抱えていた。すぐにたまちゃんを診察台に載せ、まず私は、たまちゃんの後肢の触診を行った。すると、確かに後肢は力が入らず、そして両肢の先端は冷たく感じられた。体温(直腸温)は34℃と低下して、内股圧(太ももの内側で脈を診ます)は触知不能であった。これは、血栓塞栓症だ!(血栓塞栓症:血の塊が抹消の血管につまり血流障害を起こす病気)と私は心の中で叫んだ。ネコで一番の可能性として心筋症(心筋症:心臓の筋肉が何らかの原因で変性し心臓の機能が保てなくなる病気)が疑われた。

 

聴診器を当てると心雑音が聞こえた。すぐに胸部レントゲン、心エコー検査、血液検査を行った。検査が終わり、私はチャールズさんに病状を話した。

 

「チャールズさん、たまちゃんの病気は心筋症です。これは、心臓の機能が低下し心拍出量が保てなくなる病気で、それによって血液の流れが悪くなり、心臓内に血栓が作られました。その血栓が血流に乗って後肢の血管に詰まり、足が麻痺してしまったのです。大至急、血栓を溶かす薬を点滴しましょう」と説明した。「血栓が溶けなければ足の麻痺の回復はありませんよ。すぐ処置しましょう!!また同時に心筋症の治療も行っていきましょう。」

 

チャールズ夫妻の同意が得られ治療が始まったが、開始から3日、4日と時間だけが過ぎ、一向に改善の兆しが見えてこなかった。それでも私は自分を信じ治療を続けた。そして血栓溶解剤を注射してから第6病日目の事だった、内股圧が触知可能となり、両後肢端も温感を帯びるようになった。血栓が溶けたぞ。よしこの調子だ。そして、第10病日目には足を引きずりながらも歩行ができるようになった。

面会に来たチャールズ夫妻は、それを聞いて抱き合って喜んでくれた。それから経過は順調だったが、第20病日目の心エコー検査の時だった。ショッキングな結果をチャールズ夫妻に告げなければなら事態になった。それは、心臓の左心房に血栓がたまり始めたのだ。私は、重い口を開け、「この血栓が再び、心臓から血流に乗って血管に送り出された時、この前と同じ事態にたまちゃんは陥ります。いやこの次は死を覚悟しなければならないかもしれません。」と説明した。

 

第29病日目の朝、様態が急変した。たまちゃんは、突然横になり立てなくなり帰らぬネコとなった。血栓がとんだんだ!!私とたまちゃんの短くも長い病棟生活は終了した。

 

Dr.ミッチー・Kのワンポイントアドバイス:

心筋症とは、心臓の筋肉が何らかの原因で変性し心臓の機能が低下して心臓が血液を全身に送ることが保てなくなる病気で、肥大型心筋症、拡張型心筋症、拘束型心筋症などいくつかのタイプに分類されます。心筋症が原因で血液の流れが悪くなると心臓内に血栓が作られる場合があり、この血栓が心臓から流出すると血管に血栓が詰まり、血流の障害を起こして血栓塞栓症を併発することもある病気です。

 

不定期更新-by Dr.ミッチー・K


ページトップ